午後の日差しが格子を通り、支部の中へ降り注いでいた。 乾いた、心地よい風が入る。 とんっ、と足音が聞こえて視線を入り口へと向ける。羽を休めていた鳥が一斉に飛び立つ姿が見えた。 剣の鞘と金属の金具が触れ、奏でられる音。規則正しく響くそれが、近づいてくる。 汚れた服を見て、マリクは眉をひそめた。 「今日も派手にやったな、アルタイル。どうしてお前は…」 フードの下から覗く銀の瞳。じっと見つめられて、言葉が止まった。 「…何があった?」 アルタイルはぴくりと体を揺らすと「何でもない」と言って、いつも通り報告を始めた。 明日、ロベールを倒してマシャフに戻ったら直接師に問う。 ロベールが言った事ーーー師が裏切り者であるという事が嘘ならそれでいい。しかし本当だったら、秘宝を知る俺とマリクは殺される。 報告をしながら、頭の中は師への疑惑でいっぱいだった。 「…疲れた、少し休ませてもらっても良いか?」 「あぁ、食事を用意しよう。明日は大仕事だからな」 進むべき道は決めている。けれど、それは最悪の道だ。俺もマリクもロベールも死なず、師も教団の掟に従い戦いを収める。その方向に向かうための道は、無いのだろうか? 柔らかな絨毯の上に腰を下ろし、壁に背を預けていた。空腹は満たされ、後は眠って明日の任務に備えるだけだ。 格子を見上げた。その上に広がる青空。まだ、眠るのには早い。 隣室のマリクは忙しそうに書き物をしていた。それを、ずっと眺めていた。 「おい…アルタイル…眠らなくて良いのか?」 視線に気がついて、マリクが問う。眉間には深い溝が刻まれていた。 「まだ眠るのには早いだろう?」 マリクの怪訝な顔に、答えと笑みを返す。 「…正直に言おう。視線が気になって仕事に集中できない」 「お前の集中力が未熟なだけだ」 「あぁ、判った判った。もう何も言わん」 たわいない会話が心を落ち着ける。この幸せが、永遠に続かないかと思う。
文字の書き難さを感じて顔を上げれば、陽が落ちようとしていた。慌ててランプを点ける。 灯りを手に隣室へと来てみれば、安らかな寝息を立てて友が眠っていた。夕食を共にと思ったが、その寝顔を見て迷う。 少し前まで憎んでいた友。 このエルサレムに来てからずっと考えていた。 アルタイルを憎むことで、弟の死も失った左腕の事も全て受け入れる事が出来たのではないかと。あの時は、自分に非があるとは思いたくなかった。カダールが死んだのは、カダール自身の技が未熟だったせいだ、という事にはできなかった。 誰かを責めることで、自分の足下を固めていた。その一方で、自分は卑怯で弱いという想いが心の中に芽生えていく。日々それは重みを増し、心に冷たくのしかかる。 アルタイルだけを何故責められる…? アルタイルは見習いの地位にまで落とされて、再び目の前に現れた。以前の傲慢さが消え、淡々と任務をこなしていく。時々何かを言いたそうにしているが、その時は決まって辛そうな顔をしていた。その顔を見たくなくて、きつい言葉が口から出た。 いつか話さなくてはならない本当の心。できれば早い方が良い。時を逃せば、もう永久に解り合えないかもしれないから。 アルタイルの眠る絨毯の端に腰を下ろす。顔をのぞき込み、残された右手で友の頬に触れた。少し反応を示したが眠りが覚める事はなかった。マリクは苦笑した。 この眠りが覚めたら言おう。俺が出来ることはもうそれしかない。
翌朝、謝罪の言葉を口に出したのはアルタイルが先だった。カダールのこと、腕のこと、悪かったと…。全ては自分の慢心が引き起こしたことだと。 心の中の氷が溶けていった。俺も本当のことを話そうアルタイル。 お前が謝ることはないんだ… END.
「飴と鞭」公開に伴い書き直し。後半部分は一緒ですが、一応古い方はこちら→■
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