「マリク…今日、ロベールと会った」
支部に戻るとアルタイルはそう告げた。管区長マリクは驚いた顔でアルタイルを見る。
「…何だって?」
「戦ったが逃げられた。ロベールはやはりマハド・アッディーン葬儀に出るようだ」
よく見るとアルタイルの衣服は乱れていた。顔には殴られたような跡。白い布地は所々血で汚れていた。
全身を見渡し、大きな怪我はないなと確認する。
「私を倒したければ、葬儀に来いと言っていた」
「な…!挑発してるのか!?…いや、罠か?…今回の任務は諦めた方が良さそうだ…」
「来いと言っているんだ。有り難く行かせて貰おう」
「本気か…?、テンプル騎士団は手強い、そんな事を言ったんだ、きっと大勢待ちかまえてるに違いない…兄弟を危険にさらすわけにはいかない」
「大丈夫だ、マリク」
その自信はどこから来るのだと、マリクは溜息をつく。
「お前は傲慢なのかただの馬鹿なのか、判らなくなってきた…」
「すまない、マリク。行かせてくれ。ヤツに聞きたいことがあるんだ」
「そうか…そうだったな」
ロベールに接触するまたとないチャンスではある。これを逃したら次はいつ姿を見せるのかは、誰にも予想できない。だが…
迷っていた。大勢のテンプル騎士団の中に、友をたった一人送り出す。あまりにも分が悪すぎる。その許可を出すか出さないかは自分次第。
「葬儀までまだ時間がある。食事を持ってこさせよう。それから…少し横になるといい」
結局その場では決断できず、先延ばしにするのが精一杯だった。
 
食事を済ませ、アルタイルはいくつかのクッションを携えて絨毯へ横になった。しばらくすると聞こえてくる、安らかな呼吸音。マリクはまだ悩んでいた。
止めたって行くんだろう?
傍らで眠る友を見る。少し前まで憎んでいた友。
このエルサレムに来てからずっと考えていた。
アルタイルを憎むことで、弟の死も失った左腕の事も全て受け入れる事が出来たのではないかと。あの時は、自分に非があるとは思いたくなかった。カダールが死んだのは、カダール自身の技が未熟だったせいだ、という事にはできなかった。
 
誰かを責めることで、自分の足下を固めていた。その一方で、自分は卑怯で弱いという想いが心の中に芽生えていく。日々それは重みを増し、心に冷たくのしかかる。
アルタイルだけを何故責められる…?
 
アルタイルは見習いの地位にまで落とされて、再び目の前に現れた。以前の傲慢さが消え、淡々と任務をこなしていく。時々何かを言いたそうにしているが、その時は決まって辛そうな顔をしていた。その顔を見たくなくて、きつい言葉が口から出た。
いつか話さなくてはならない本当の心。できれば早い方が良い。時を逃せば、もう永久に解り合えないかもしれないから。
 
アルタイルの眠る絨毯の端に腰を下ろす。顔をのぞき込み、残された右手で友の頬に触れた。少し反応を示したが眠りが覚める事はなかった。マリクは苦笑した。
この眠りが覚めたら言おう。俺が出来ることはもうそれしかない。
 
翌朝、謝罪の言葉を口に出したのはアルタイルが先だった。カダールのこと、腕のこと、悪かったと…。全ては自分の慢心が引き起こしたことだと。
心の中の氷が溶けていった。俺も本当のことを話そうアルタイル。
お前が謝ることはないんだ…
 
END.
 

 
時には憎むことも必要で。
ゲーム内ではサクッとアルタイルが謝罪し、マリクもその謝罪は受けられない、俺も悪い、と和解してましたが、ここに至るまでに二人とも考えることは多かったはず…ということでこんな話。