「昨日から黒の大導師様が熱を出されて…」
マリクの身の回りを世話するその女性ーファティナは、心配顔で話しかけてきた。
夕日を浴びてオレンジ色に輝くマシャフ砦。任務の途中報告に戻れば、報告をするべき相手が伏せっているとは。体は頑丈なはずなのに珍しい…と思いながら、ファティナを伴ってマリクの部屋へと向かった。
 
「マリク、風邪…か?」
絨毯の上に大量に置かれたクッションの中、毛布にくるまってマリクが横たわっていた。近寄って、側に跪く。
「ちょっと怠いだけだ、心配ない…」
アルタイルがマリクの頬に触れる。熱い肌。アルタイルの手の冷たさを心地よく感じて、マリクは目を細めた。
「熱が高いな。薬は飲んだのか?」
「あぁ、さっき凄い不味いのを飲んだ。もう少しすれば効くだろう。だからファティナ、下がってくれ。アルタイル、お前もだ」
マリクは表情緩め、アルタイルを見る。
「心配だと思ってくれるのは嬉しいが、特にお前にうつったらかなわん。報告は明日聞くから、今日の所は休ませてくれ」
 

 
アルタイルは真夜中に目が覚めた。
起きるのにはまだ早い…再び眠ろうと瞼を閉じるが、うまく眠りに入れない。
細く目を開き窓の外を見ると、月が明るく輝いていた。
夜は好きだ。夜空には幾千もの星が瞬き、その美しさに時を忘れて見入る。砦の中庭から見る夜空はまた違う。視界の全てが星で満たされている空間。少年の頃はよく忍び込んで星を眺めたものだと思い出し、その懐かしい想い出に浸ろうと、部屋を出た。
中庭へと足を進める。マリクの部屋の前を通り過ぎようとした時、うめき声が聞こえた。そっと足を忍ばせて室内に入り、マリクの元へ。見下ろすマリクは、苦悶の表情を浮かべていた。肌は汗に濡れ、食いしばった歯列が見えた。
しまったと思った。これは風邪や病気の類じゃない。
「…腕が、痛むのか…」
呟くような声。
痛みで深く眠れないマリクが、声に気がつき目を覚ます。
「そんな…泣きそうな顔をするな」
バレてしまったなと、マリクは苦笑を浮かべる。
突き刺すような痛みが、左肩を襲っている。痛み止めは飲んだはずなのに、あまり効いていないようだ。
「この腕はお前のせいじゃない。お前のせいだと言った時もあったが…違うんだアルタイル」
アルタイルの手がマリクの額に触れ、汗を拭う。心地よい冷たさに、知っている指先に安堵する。
「俺の処置が悪かったんだ。止血しようとして腕をきつく縛りすぎた。神経まで止めてしまって…マシャフに付いた頃には壊死が始まってたんだ。切るしかなかった…だからお前のせいじゃない…」
痛みに耐えながら呟かれる言葉。優しい声に、胸が締め付けられる。
「その顔は見たくない。アルタイル…機嫌を直してくれ」
アルタイルは横たわるマリクにそっと覆い被さった。重みをかけないように片腕で抱き、囁く言葉に想いを込める。
「神よ、マリクをお救い下さい」
突然の言葉にぎょっとする。
「アルタイル…俺まだ死なないんだけど…」
やれやれといった風に溜息をつくマリク。今のアルタイルの、精一杯の言葉なのだろうと受けとめる。
 
熱は未だ冷めない。
覆い被さる恋人の背を右手でポンポンと叩き、大丈夫だと告げる。
「…たまにこうして熱が出るんだ。傷口はとっくに塞がっていて、もう半年以上も経っているはずなのに」
右手はそのままアルタイルの背を抱き留める。
「両腕で抱けたらと、思う時がある…」
…両腕で強く抱きしめられたら…
「だから俺の体が、再び腕を作ろうとしているのかもしれない」
そのための痛み。しかしそれは無理な話。
この痛みは、叶わぬ事を願う俺への警鐘かもしれない。
…こんな事を願ってはならないと…
 
「そろそろ、体を起こしてくれ。結構重い」
マリクに促されて、アルタイルは少し体を起こす。マリクと視線が合い、見つめて、顔を近づける。唇が触れるだけのキスをすると、体を離して去ろうとした。
「…こんな時でも欲情する俺は、何処かおかしいな」
そう言ってマリクはアルタイルの後頭部に手を回し、去ろうとする顔を強く引き寄せた。さっきよりも深く合わさる唇。軽く唇を噛み、アルタイルの口元に残る傷跡を舐めて離れる。
「大丈夫だ、アルタイル。これで…眠れそうだ」
アルタイルはその言葉に、悲しげな微笑を返す。
「外にいるから、何かあったら呼んでくれ」
そう言い残して、アルタイルは部屋を出た。
扉を背にして腰を下ろす。月明かりに照らされる廊下。月光が優しくアルタイルを包んでいた。
ふと見上げれば流れ星。そういえば、昔は良く流れ星を見ては願った。
アルタイルは目を閉じ、流れる星に願った。
 

 
3日ぶりに熱が引き、貯まっているであろう仕事を確認しようと執務室に向かっていた。少しふらつくが、肩の痛みが消えただけでも十分だ。
「あぁ、黒の大導師様…」
途中でアルタイルの従者ーアイシアに呼び止められる。まだ幼さの残るその顔には、困惑が浮かんでいた。
「どうした?」
「白の大導師様が…昨日から少し熱を出されていて……私どうしたら…」
 
俺がうつしたのだろうか…。
 
END.
 

 
親戚のおじさんが病気で片足を切断したのですが、その時の話を延々と聞いた経験がここに生かされている!(おじさんごめんなさい)。失った足の感覚が今でもあるそうですよ。で、時を経てもたまに痛むらしい。義足になったのですが、半年ぐらいで合わなくなる=体が変化する=再生しようとしている…と解釈していらっさるっぽいです。