大導師の裏切り。そして死。教団は求心力を失った。
アサシン教団はアル・ムアリムが独裁していたようなもの。教団を引き継げるほどの個性と意志を持った幹部に、誰もが思い当たらなかった。
 
そこで、アル・ムアリムを倒したアルタイルに白羽の矢が立った。まだ若いが、彼の技には誰も及ばない。あのアル・ムアリムでさえも及ばなかった。
 
しかしアルタイルは、自分には無理だと言い張った。
 

 
数日後、大導師アルタイルが誕生した。
他の幹部達に押し切られ、仕方なく引き受けたらしい。砦前の広場に人が集まり、ささやかな大導師の宣言。誰もが受け入れた、新しい大導師。
群衆の中に、マリクの姿があった。
大導師となる実力はあるんだ、だから喜ばしいことなのに、何故か寂しさを感じる。もう友ではなく、手の届かない存在になってしまったような気持ちに襲われ、その場を立ち去った。
 
その苛立ちは以前にもあった。アルタイルがマスターアサシンとなった時…
エルサレムに戻ろう。ここに居てはならない。
マリクはそう判断した。ここに長い間留まっても辛いだけだ…。
 
がらんとした砦の一室。マリクは荷造りを始めた。エルサレムに持ち帰って読もうと思っていた本、手紙、昔訓練で使っていたナイフ、マシャフに残していた俺のもの全て。全てエルサレムに持って行こう。
その場にアルタイルが現れる。
「…探したぞ、マリク」
近づきながら、親しみのこもった声で話す。
アルタイルはすぐさま、マリクの手元にある小さな包みを認識した。
「まさか、エルサレムに戻るのか?」
「あぁ、新しい大導師の誕生は見届けたし、俺は未だあそこの管区長なのでな。長いこと留守にしてはいけない」
マリクはアルタイルを見ずに応える。手元は忙しく、次の包みを作り始めていた。
「ここに、居てはくれないのか?」
マリクは手を止め、アルタイルを見た。
「それは大導師としての命令か…?」
「いや、友としての願いだ、マリク」
「その願いは聞き入れられない」
マリクは再び視線を手元に戻した。
「では…命令する。エルサレム管区長の任を解く、マリク・アルシャイフ」
アルタイルの声色が変わった。強い言葉。そしてマリクは悲痛な表情を見せた。俯いて、歯を食いしばる。
 
自分のこのアルタイルへの感情は何か、既に気がついていた。
その上で全てを諦めようとしていた。アルタイルがマスターアサシンになった時も、もう手が届かないと思って苛立った。アルタイルが大導師になった今、完全に身分違いになってしまった。
アルタイルを諦める決心がついていた。忘れるために、アルタイルの側から離れたかった。自分にはアルタイルとの少しの繋がりがあればいい、そう思うことを決めたのに…。
 
「マリク…俺がまた変なことを言ったのか?、すまない、やはりこういうのは性じゃない。だから…」
「お前は…なんでそう……俺を苦しめる!」
「…マリク!?」
マリクに胸座を掴まれ、壁に押しつけられる。マリクの右腕にこもる力に、アルタイルは驚く。突然の怒り。マリクの目からはらはらと流れ落ちる涙に圧倒される。
だんだんとアルタイルを押さえる力が抜けていった。俯いたマリクの涙が、ぽたぽたと床に落ちて広がる。
アルタイルは優しくマリクを抱きしめた。マリクは大人しくそれに従った。
「すまない、マリク。俺はどうすればいい?言ってくれ、言ってくれなければ判らない」
マリクは小さく、細い声で告げた。
「愛していたんだ、アルタイル」
突然の言葉に、心臓が跳ねる。アルタイルは瞳を閉じて、その言葉の意味を考える。
「今は違うのか?」
低く、落ち着いた声で問う。マリクは涙声で答えを述べる。
「今でも愛している…だが…もう身分が違いすぎる…それに男同士だ。問題が多すぎる」
絞り出すような声に、マリクの素直な想いを感じる。
「アルタイル…すまない。謝るのは俺の方なんだ…友を、そういう目で見ていた俺を蔑んでくれ」
マリクの涙は止まらなかった。
アルタイルは、心を決めた。
 
アルタイルは閉じていた瞳をゆっくりと開いた。
「では…マリク・アルシャイフ、大導師に任命する。これなら、俺とお前の身分は一緒だ」
マリクが驚いて顔を上げた。その時、アルタイルの顔が近づいてきた。重なる唇にマリクは呆然とするしかなかった。
「…これで、この問題は終わりか?」
「いま…何が起こった…」
状況が理解できずに、答えを友に求めた。さっきまで流れていた涙は、驚きでぴたりと止んだ。
「まず、大導師が二人になった。別に大導師は一人でなくてはならないという決まりは無いから良いと思うのだが、どうだ?」
「あと俺は、お前を受け入れる決心をした…全てを捧げようマリク。他に何か不満はあるか?」
「本当…なのか…?、これはあの秘宝が見せている幻じゃないだろうな…」
マリクは困ったような表情を浮かべた。それから首を左右に振り、改めてアルタイルを真っ直ぐ見つめた。
「幻でもいいか…」
マリクは笑み、アルタイルは苦笑を浮かべた。
そして再び唇が重なった。やがてそれは、濡れた音と熱い吐息を生み出した。
 
END.
 

 
格好悪いマリクですみま千円。何だろう…本人マリアルのつもりで書いてるのに、アルマリにも読める話ですねコレ…。アルタイルが男前で、マリクがヘタレだから?