噂には羽が生えている。
あっという間に広がり、それに尾ひれを付けてまた広がっていく。
あくまでも噂。真実ではなくとも、面白ければ広がっていくのだ。
 
その噂が流れ出したのは、アサシン教団の大導師が二人体制に変わった半年後。
 

 
マシャフ砦。中庭の訓練場を十四人のアサシン候補生が取り囲んでいた。
「なぁ聞いた?大導師の二人って凄い仲が良いけど、仲が良いだけじゃなくてさ…」
そのアサシン候補生の中の二人が訓練に飽きてきたらしく、小声で雑談を始めた。訓練場の中心では、マスターアサシンであり今や大導師も兼任するアルタイルが、その技を候補生達に見せていた。傍らには笑顔のラウフの姿。アルタイルを訓練に駆り出したのはラウフらしい…。
「偶然見ちゃったらしいんだよ」
「何を?」
「お子様には刺激が強いかもなぁ…」
「だから、何をだよ?」
「抱き合ってキスしてたって」
突拍子もない話が最初理解できずにいたが、すぐに自分の考えをまとめて返す。
「まさかぁ…俺を騙しても何も出ないぞ?」
騙されやすい性格だけど、この話は無いだろう。だってあの屈強そうな二人がぁ?
「ホントだって!しかもその後は…キス…以上をしたっていう……」
以上って何だよ?、話せないなら信じられないなぁそんな事。まぁ話されても信じないけど。信じたくないんだけど。
「お前なー、あの二人は仲が良いけど、凄い口論もするぞ?、この前なんて殴り合い始めそうな雰囲気だったんだから。そんな噂ウソウソ、ありえないね!」
そんな話をしていると、顔の横を鋭い光がかすめていった。同時に聞こえた、後ろの壁に何か刺さったような音。
「…よく見ていろ」
マスターアルタイルの低い声。鋭い視線が向いていた。多分後ろの壁に刺さったのは…アレだ…ナイフ……。
そう思った瞬間、体がガクガクと震えだした。
 

 
訓練が終わり、アルタイルは大導師の執務室へと向かった。自分も大導師ではあるが、そこはもう一人の大導師によってほぼ占領されていた。足音を立てずに近寄りその傍らに立つと、机に向かって書き物をしていたもう一人の大導師ーーーマリクは書くのを止め、口を開いた。
「ふーーーー…肩が凝った。文字を書くのは嫌いじゃないが、さすがに多いと疲れる」
「悪いな、その辺は任せきりで」
「なに、こっちも実行面はお前に任せっきりだ」
マリクは再びペンを握り直すが、少し書くとそれを放り出した。
「ダメだ、少し体を動かしてほぐさないと。なぁアルタイル、俺にも稽古を付けてくれないか?」
まっすぐな視線。断る理由は見つからなかった。
 
小剣を構えるマリク。元アサシンであり、やがてはマスターになると言われた男。片腕を失った今でも構えは隙が無く、凛としていた。
大導師の二人が手合わせをすると聞きつけ、多くの人が訓練場に集まってきた。中には、大喧嘩が始まると聞いて急いで走ってきた者もいた。
軽く何度か剣を振った後、マリクは
「いくぞ!」
と声を上げた。
マリクがアルタイルの懐へ踏み込む。アルタイルはそれをかわし、マリクは素早くアルタイルの方へと体の向きを変える。
ぶつかり合う金属が澄んだ音を奏でる。お互い力は入っていない、軽い音。その音を楽しむように二人は剣を合わせる。たまに鋭く踏み込んでもそれは脅しで。互いの次の動きが判っているかのように剣を振るう。
「昔はこうやって、二人でよく手合わせをしたものだ」
「…あぁ、そうだな」
応えたマリクは既に息があがっているようだった。
「常に俺が勝った」
「そうだったっけ?」
不敵な笑みを浮かべるとマリクは今度は力を込め、アルタイルの小剣を打った。が、その反動でマリクはバランスを崩し、よろける。左腕を失った不安定な体。アルタイルは素早くマリクに寄り、支えるように抱き留めた。
「………」
「今回も俺の勝ちか」
「だいぶ運動不足のようだ…」
アルタイルに支えられながら、マリクは深い溜息をついた。
 
二人の様子を、間近で見ていた。二人の会話が、抱き留め方があまりにも自然で。仲がよい以上のものがありそうな気がした。
抱き合ってキス…か…
あの噂話も、まんざらでも無さそうな。いやいやいや、まさかね。
でも一度疑問が浮かんでしまうと、なかなか頭から離れない。噂は本当?それとも嘘?。気になって気になって仕方がないから、暇を見つけては二人を監視することにした。
 

 
朝早く届いた書状を受け取り、大導師の執務室へ急ぐ。明るい陽の差し込む部屋。部屋の端には、本棚に入りきらない多くの書物が積まれていた。以前より増えた書物。マリクは多くの知識を得るべく、日々その書物らと格闘していた。
 
アサシン教団は現在、マリクとアルタイルの両大導師によって維持されていた。教団を裏切り、敵と繋がっていた前大導師アル・ムアリムを倒したのが二人だからだ。
正確に言えば、前大導師を倒したのはアルタイルだが、マリクの助力がなければ成し遂げられなかったというアルタイルのたっての希望で、二人の大導師が誕生することになった。
豊富な知識を持ち思慮深いマリクと、最高の技を身につけているアルタイル。まだ若い二人は、教団を元の姿に戻すため、日々奔走していた。
 
「大導師、ダマスカス支部から書状が…」
有り難うと言って受け取るマリク。受け取りながら欠伸がひとつ。
「すまない、ちょっと寝不足でね」
笑みを返すマリクの目尻には、少し涙が貯まっていた。
う、何か可愛いぞこの人…。
書状を渡した手を、元へ戻しながらそんなことを思う。無口無表情なマスターアルタイルとは違って、この人はよく笑うし喋る。そして人の話を聞いてくれる。他のアサシン候補生が家庭の事情で悩み、教団を去ろうか悩んでいた時、親身に話を聞いてくれたという実話すらある。
それに比べて、マスターアルタイルはよく判らない。殆ど話をしないからだろうか。
ここで、例の噂が脳裏を横切った。二人で抱き合ってキス…かぁ。
ちらりとマリク大導師を見る。眠そうな目で書状を読んでいる。その顔に、ふと笑みが浮かんだ。その笑顔にドキリとする。
「どうした?」
不思議そうな顔で見られる。金色の瞳が、窓から差し込む陽の光を反射して輝いていた。それが凄く綺麗で息をのんだ。
「い、いえ、何か面白いことが書いてあったのかなとか…」
「…あぁ、ダマスカスの支部で凶悪な白い鷲が、俺の悪口を言っていると書いてあった」
「凶悪な白い鷲…?」
「アルタイルだよ。困難な任務だったが、無事に終わったそうだ。予想した以上に苦労したらしくてね、話が違うと愚痴を…」
マシャフに帰ってきたら直接言われるんだろうなぁと言うと、マリクは大げさに溜息をついた。そしてそれに、
「…でも今回も無事で良かった」
と付け加え、また優しく微笑んだ。その笑顔はマスターアルタイルに向けられたものだと思ったら、ちょっと複雑な気分になった。何でこの優しい人とあの無口無表情な人が抱き合ってキスをして、そしてそれ以上を……って、俺はまだ認めちゃいないからな!、いや、待て俺。認めるとかそういう問題じゃなくてさ…
「…どうかしたのか?」
青くなったり赤くなったりと忙しい候補生を、マリクは心配そうに見つめた。
 

 
日も暮れてしばらく経った頃、七日ぶりにアルタイルがマシャフへ戻ってきた。ダマスカスでの任務は困難を極め、事前の調査不足や見当違いについて意見しようと足早に砦へ向かう。
 
「無口無表情が帰ってきた…」
たまたまマシャフの街でその姿を見つけた。これはマリク大導師の元へ向かうなと思い、後からこっそり付ける事にした。
珍しく足音をたてて歩いていた。いつもは静かで、気配さえ感じ取れないのに。もしかして怒ってる??
 
アルタイルは一直線に砦へ入り、そして執務室への階段を上がった。それをこっそり追いかけ、階段の下からギリギリ二人が見える位置に潜む。
「マリク!」
名前を呼ばれ、机に向かって本を読んでいたマリクが顔を上げた。
「おかえり、アルタイル。どうした?、お前が足音を立てて階段を上がってくるのは珍しい」
「理由は判っているな?」
「…だいたいは」
「言い訳を聞かせて貰おう」
マリクは椅子からゆるゆると立ち上がり、アルタイルへと歩み寄った。そして抱きしめた。
「無事で良かった。そしてすまない…俺のせいだ」
アルタイルは溜息と共に肩の力を落とした。この瞬間、抱いていた苛立ちが消えていく。生きて帰ったら必ず怒鳴り散らしてやる!と思っていたのに。この男は、俺の動かし方を心得ているな…と思う。
感じるこの温もりは、心の底から安心できる場所。仕方ないなと、自分を納得させる。
「…詳しい報告を聞きたいところだが、明日にしよう。疲れているだろう?腹は減ってないか?」
抱きしめていた腕を放し、マリクが笑みを向ける。アルタイルは首を横に振る。
「そういえば…」
アルタイルはふと思いだし、話し出す。
「俺とお前の、変な噂が流れているらしい。マシャフでは少し前から聞いてはいたのだが、ダマスカスの管区長まで知っていた…」
「へぇ…どんな?」
「夜中に執務室で抱き合ってキスしてたそうだ」
ダマスカスの管区長に真相を尋ねられ、酷く困ったとアルタイルは告げた。
「…本当のことだと教えてやればいい。皆に知られたところで、俺は構わん」
「面倒だろう、色々…」
「まぁ…それもそうだな」
「見られていたとは気がつかなかった。俺もまだ未熟だ」
「熱くなってたから、気がつかなかったんじゃないか?」
「お前もだろう」
 
ここで二人は小声になった。何かを言っているが聞こえない…。
 
「…今は気がついているよな?」
「あぁ。居るな、小さいのが」
「出てくる気配が無いって事は、俺たちを覗いてるって事でいいのか?」
「たぶん…噂の真相でも確かめに来たのか…」
「仕方ない、今日はさっさと休むか」
「いや…」
アルタイルはマリクに体を寄せ、顔を近づけた。鋭く光る、銀の瞳。
「見たいなら、見せてやればいい」
二人は唇を重ねた、最初は軽く、触れるだけのキスを。それが合図だった。唇を開け舌を絡めあう。吐息は熱を帯び、お互いの感情を高ぶらせる。
マリクはハッと気がつき、アルタイルの体を押した。
「…ん、なぁ、さっきの話とは違わないか?」
面倒だから、バレないようにするんじゃないのか?。アルタイルに抗議の目を向ける。
「さぁ、何でだろうな」
アルタイルは平然として言い放ったが、心中穏やかではなかった。アルタイルは感じていた。二人を覗く視線は、主にマリクに向けられているようだと。それが心を苛立たせていた。
 
アルタイルはマリクを押して、机へと追い詰めた。机を背後に、逃げ場がないマリク。
「…ダマスカスの件、やっぱり許してはくれないか…」
マリクが息を飲んだ。無言のアルタイルには迫力がある。
アルタイルの体が更に近づき、距離が無くなる。得体の知れないものを感じて、マリクはぎゅっと目を閉じた。
アルタイルの手がマリクの腰に触れた。赤い帯を緩め、手が下衣の中へと進入してくる。ゆっくりと肌を撫で、脚の付け根にその無骨な指先が触れると、体が震えた。何か違う。恐る恐る目を開けて、アルタイルを見る。
視線が合った。しばらく触れあっていなかった体は、素直な反応を見せる。触れられた根元をやんわりと握られ、一瞬息が止まった。何をしたいんだアルタイル?…困ったような視線を投げかける。ここではやはりまずいだろう…
そんなマリクには構わず、アルタイルは刺激を与え続けた。だんだんと硬さを増していくそれを下衣から取り出すと、その手を離す。アルタイルは跪き、剥き出しになったマリクの根元に顔を寄せ、舌先で触れた。先端から筋を辿り舐めると、徐にそれを口に含みはじめた。
「やめ…ろ、アルタイル、離せ…」
心にもないことを言う。誰かが来るかもしれない、いや、現に誰かが居る。駄目だと理性は告げていた。だけれど、アルタイルは止めようとしない。
跪くアルタイルの、かすかに開いた瞳と寄せた眉を見て背筋が震える。背後の机に手を付き、それを支えにして耐える。ただでさえバランスの取れない体。快楽にも責められ、こうしなければ確実に倒れる。
薬指の欠けた手でマリクの黒衣を掴んだ。行為に集中するためには、支えが必要だった。
粘着性の液が、口内に漏れ始める。マリクは限界が近く、微かにうめき声を上げる。体に直に伝わるアルタイルの呼吸。目を閉じ、苦しさに耐える顔。もういい、離してくれ…!、離してくれないと……
アルタイルは口の中にあるものを強く吸い上げた。
「あぁっ!」
喉の奥に吐き出される熱い液。苦しさに耐えて全てを飲み干す。その喉の動きに、欲望が沸き上がる。
だめだ、足りない。これだけでは足りない…
アルタイルはマリクを解放した。立ち上がると、口端に漏れた液を指先で拭い、舐め取る。ちらりと見えた紅い舌が、誘っているように思えた。
「アルタイル…」
「これだけでは、足りない」
二人の意見は一致していた。
 

 
陰に潜み、唖然と二人を見送ったアサシン候補生。
やばい、あの噂は本当どころの騒ぎじゃない。しかもマスターアルタイルの方が積極的…ということは、下になるのはマリク大導師?。下って何だよ俺!。涙目でマスターアルタイルの愛撫に耐えるマリク大導師…さっきもそんな感じで…いやいやいや、そんな事は……ありそう。
とにかくこれは重要な問題だ!隠しておかなくてはならない大問題だ!
今頃二人は部屋で何をしてるんだろうとか、そういう事は問題じゃないんだ!
いや…問題か?、なにをどうしているんだろうとか…男同士でどうするんだろうとか……やっぱり下はマリク大導師なのかとか…
恐怖と好奇心の混ざった複雑な感情と精一杯戦った。その結果、帰って寝ることにした。
 
もし覗いたのがバレたら、今度こそあのナイフで殺されそうな予感もしたから…

 
END.
 

 
アルタイル×マリクにも、マリク×アルタイルにも受け取れる話(笑)。昔書いたX-MENのSSからヒントを得て書いてみました。第三者目線もなかなか面白い。