マシャフへの道はもう何度も通っているからと、月の無い夜に長距離を移動したのはまずかったのか。アルタイルは今更ながらに思った。
見慣れない砂の海。風は足跡を消し、今歩いてきた方向すらも判らなくなっていた。
 
遠くで何か動いている気配がした。己の気配を消し近づいてみると、それが人ではない、一頭のロバだという事に気がついた。ロバの側には誰も居ないが、ロバには荷物が積んであった。
主人とはぐれたのか…?、ロバに積んであった荷物を物色してみると、大量の金貨が詰まっていた。思わず息を飲む。
これは…いったい…
 
砂の吹き荒れる中、岩場を見つけてその隙間に身を寄せた。とにかく夜が明けるまではこうしていよう。
ロバは大人しく横たわり、アルタイルはそれに身を寄せ暖を取った。吹き荒れる風は岩によって遮られているが、それでも寒かった。眠ってしまえば、もしかしたら凍死するかもしれない。
何とか眠らないように、色々なことを考える。何故こんな所に迷い込んでしまったのか…マシャフの近くにこんな所は無かったはずだ…一体どれほどの距離を移動してしまったのか…帰ったらマリクの部屋の、分厚くて温かいあの絨毯で眠ろう…
 

 
生暖かい何かに揺られていた。暖かい陽の光を頬に感じる。もう寒くはない。
気がつくとそこはロバの上だった。驚いて飛び降りると、ロバはその歩みを止めた。
辺りは鬱蒼と茂った木々に囲まれ、昨晩の砂の海とは全く違う景色。
しかしロバと金貨は存在しているし、自分のフードは砂にまみれている。幻ではない事実。
そこは知っている森。樹木の所々に人工的に付けた印がある。心に安堵感が広がった。やっと、帰ってくることができた。アルタイルはロバを引き、マシャフの方角へと歩き出した。
 
マリクは砂まみれの恋人と大量の金貨に目を丸くした。
「お前…墓泥棒でもしたのか?」の問いには「違う」と応えたが、どう説明して良いのか判らなかった。
「拾ったんだ…」
「…え?」
マリクもどういう反応をして良いのか困っている様子だった。
「お前が俺に嘘をつく訳がないし、嘘をついたところでどうにもならないし…本当に…拾ったんだな……」
マリクの視線は斜め下に向いていた。
「金貨もロバも教団で使えばいい」
「それは有り難いが…アルタイル、何か欲しい物は無かったか?、せっかくお前が拾ってきたんだ、何か欲しい物を買うといい」
「物には満足している。余計な物は持たない主義でもあるしな」
「…そうだったな」
「あっ…」
アルタイルは言葉を出そうとして止めた。
「ん?、何か欲しい物に心当たりがあったか??」
マリクは目を輝かせた。アルタイルの欲しがっている物は例え希少な物でも手に入れてやる、そんな気持ちが顔に表れていた。
「いや、なんでもない…」
「教えろ」
「何でもない…ただ…俺の部屋にも良い絨毯が欲しいと思ったんだが、お前の部屋に行くからいいかと思い直しただけだ」
「………そう…だな…」
何の気なしに答えた素振りをしてみたものの、マリクの頬は紅く上気していた。
期待していたその仕草と表情に愛しさを感じて、アルタイルは少し意地悪をしてみたくなった。
「今日はあの分厚い絨毯で眠りたい」
アルタイルはアサシンブレードも使わずにマリクのとどめを刺した。想像し、我慢しきれなくなったマリクは乱暴にアルタイルの手首を掴むと、無言で部屋へと引いていった。
 
外はまだ陽が高い。
外気よりも熱い部屋の中、アルタイルはマリクにした意地悪を少し後悔していた。
その窓の下、ロバは平和に草を噛んでいた。
 
END.
 

 
ちょっとプリペルネタ入れてみた。