マハド・アッディーンの葬儀に出ると噂を流した。聞けばアサシンがやってくるに違いない。秘宝を知る者、残りは私とあの男ーアル・ムアリムだけなのだから。
 

 
軽装でロベールは街に出た。背後には鉄仮面を着けた護衛の騎士が二人。
街を行く神学者姿の男を目で追う。背の高さや体つき、身にまとう雰囲気で別人だと判断する。出会う保証なんてものはないが、アサシンは必ずこのエルサレムに居る。
 
市民がざわついている。騒ぎの中心へ行ってみれば、神学者がナイフを構えて警備兵に対峙していた。背後には一人の震える女。もう何人かの警備兵が倒され、地に横たわっていた。
神学者は警備兵を押し倒し、鋭く懐に飛び込んで首をかき斬る。一瞬見えた奇妙なナイフ。あれはアサシンの武器…
 
次々と倒されていく警備兵。それを押しのけ、アサシンと対峙する。ナイフを構えたアサシンが、ロベールを見て一瞬動きを止めた。
ロベールの背後に見える二人のテンプル騎士。分が悪いと逃走を決め込む。だが次々に集まる警備兵に囲まれ、残る逃走経路は上しかなかった。
勢いを付けて壁を蹴るが、背中を掴まれ地に墜とされる。見上げれば大男。いつの間にこんなに距離を縮めたのかと、目を見張る。
次の瞬間、胸に重い蹴りを喰らって息が詰まった。胸を押さえながら立ち上がると、襟首を掴まれる。装備の重量はそれなりにあるはずなのに、軽々と持ち上げられ壁に叩きつけられた。一瞬意識が飛ぶ。
この衝撃は前にも…エルサレムの神殿で投げ飛ばされた時と同じ重さだ。
途切れた一瞬の意識の中でそう思う。立ち上がろうとした瞬間、両手首を掴まれ組み敷かれた。見下ろすロベールの顔が、笑んでいた。
「見つけたぞアサシン…」
自由にならない両腕。精一杯の力を込めて抵抗するが、体格の差、力の差は歴然としていた。ここでロベールを殺せば、全てが終わるはずなのに。
緊張で息が上がる。もうすぐこの抵抗にも限界がやってくる。最後の一人を倒す前に、ここで殺されるのか…。
アサシンの腕の力が少し弱まったのを感じて、ロベールは再び口を開いた。
「話がある。お前にとって悪い話ではないはずだ」
 
すぐ近くの民家の扉を開け、ずるずると引きずられて入る。仮面を付けた騎士達には、外で待っているようにとロベールが命じた。
「金をやるから半日ここを貸せ」
テンプル騎士団の侵入に何事かと驚いていた住人は、そう言って金貨を差し出されると喜んで出て行った。
 

 
「我がテンプル騎士団に来ないか?、アサシンよ」
唐突に提案された内容は、予想もしなかった事だった。
「何を馬鹿なことを…!」
狭い民家の中。今にも飛びかかれる距離で、緊張した空気の中で、対峙していた。
「そう言うとは思っていた…だが、お前の属するアサシン教団も平和を願って戦っているのだろう?、それは我々も一緒だ。目的が一緒なら共に歩もうではないか」
「お前は侵略者、平和を乱す者だ」
ロベールは一寸黙った。
「私はリチャード王に仕えている…が、それは見せかけだ。我らが平和を実行するには都合の良い場所なのだ」
「やはり…リチャード王を利用していたんだな」
ロベールは返事をしなかった。
「俺は兄弟を裏切ることはできない。お前は王を裏切るのか?。お前が支配者になれば世界は平和になるのか?」
「…なる」
「大した自信だが、俺には信じられない」
「うわべだけの説得は効かないようだな………アルタイル」
「…!」
唐突に名を呼ばれ、動揺して押し黙る。
「少し調べたのだ。教団の者を捕らえて、色々聞かせてもらったよ。アル・ムアリムの右腕、教団の最重要任務をこなすアサシンが居るとな。名はアルタイル…」
ロベールは一歩、アルタイルに近づく。
「あぁ、捕らえた彼は最重要任務の内容は知らなかったよ。教団の中でも知るものはごく少数…多分君とアル・ムアリムだけだろう。他に秘宝を知るものは居るのか?」
何故そんな事を問うのか。ロベールの言葉の真意が判らない。
「エルサレムの神殿で秘宝を奪っていった男は死んだか?」
ごくりと息を飲む。
「もし生きているなら、その男も危ない…」
「何故だ?何故危ない!?」
「…生きているんだな」
ロベールはニヤリと笑った。
この男は何故そんなことを聞く?、考えがまとまらず視線が宙を漂う。
「私が死んだら次はアルタイル…君かその男が殺されるのだ。あの男は秘宝を知るもの、全てを殺すだろう。秘宝を独り占めするためにな」
あってはならない事をロベールは口にした。
「あの男は秘宝を使って世界を手に入れようとしているぞ。我らの望む平和と、あの男が望む平和は、どう違うのだろうな?」
「違う…そんな事は……」
 
いつの間にかロベールの腕の中に居た。耳元で囁かれる言葉に、「違う」と何度も呟く。
「お前は純粋に平和を望んで戦ってきたのだな。私もかつてはそうだった。だがそれでは、いつまで経っても戦いは終わらないという事に気がついた。私の友も、愛する者も戦いの中で死んでいった。この戦いを終わらせるためには、人々の心を一つにする必要がある」
「秘宝を使い、人々の心を操って…意志を奪って、それで得た平和が何だというのだ…」
ロベールの鼓動が聞こえる距離。アサシンブレードは未だ手の中にある。今なら、この距離なら殺せる。
だけれど…手が動かない。力が入らない。
「お前の師も、それを成そうとしているのだ」
ロベールの言葉を否定したかった。この男は敵だ、偽りを信じ込ませようとしているのかもしれない。だが、全てを否定できない自分が居た。
 
顎を掴まれ、口づけられる。頭の中には未だ「違う」という言葉が響いていた。
一方的な口づけに体の力が抜けていった。ロベールはそれを支えた。唇を解放すると、ロベールはアルタイルを見つめた。
「信じる者に従い、信念を持って何人も殺してきたんだろう?、その信じる者が信じられなくなった今、何を信じる?」
答えなんて出せない。まだ、信じている…信じていたい…
「…何もかも考えるのを止めて、私の元へ来るんだ。次は私が君を導こう」
 

 
堅い床の上で、体を揺すられていた。手首を掴まれ、足を開かれ、見下ろされている。剥ぎ取られた装備と服が、床の上に散乱していた。
「やはり慣れているな…男に抱かれる術も、教えられたのか?」
アルタイルは否定も肯定もせず、与えられる振動に身を委ねていた。最初は苦痛しか感じなかった行為も、慣れると少しずつ快楽に変わっていった。
いつからそうなったのか…
酷く熱い。息苦しい。
ロベールの頬を汗が伝い、アルタイルの胸元へと落ちて微かに痛みが走る。皮膚の感覚が過敏になっていると気づく。
「身も心も捧げ、命じられるまま暗殺をし、最期はその男に殺されるのか…哀れなものだ」
「…ぅ…違う…師は俺を殺したりは…」
言おうとして止めた。いや、殺されたことはある…それは幻だったが。あの感覚は忘れられない。信じていたものに刺され、殺される恐怖。体の血が全て地に流れていくような感覚。
思えばあの時から、少しずつ不信感が芽生えていったのかもしれない。
 
ロベールが乱暴に腰を打ち付けた。奥に伝わる衝撃に、背を走る甘い痺れに、耐える。呼吸が同調する。互いに果てが近い。
体の中で爆ぜた熱。我慢できずに、自らも熱を放つ。放たれた液がロベールの腹を濡らした。それから、目を反らした。
反らした視界に入った自らの左手。それに重なるロベールの右手。手首を掴まれていたはずなのに、いつの間にか指先を絡め手を合わせていた。
ロベールはゆっくりと腰を引いた。アルタイルは荒い呼吸のまま、瞼を閉じた。
 
闇の中、唐突に差し出された小さな手が思い浮かんだ。これは誰の手だ?と、記憶を辿る。「遊ぼう」と差し出された右手。つい最近、取り戻したものだと気がつく。今左手にある温もりではない。もっと優しい、信じられる友の手だ…。
 
アルタイルは瞼を開いた。宿る光に、ロベールは寂しく笑んだ。
「鋭い瞳だ。…私を殺すか?、それともアル・ムアリムを殺すのか?」
「お前は、その野心を捨てられないのか…?」
最後の望みをかけて、今度はアルタイルが問う。
「もう戻れぬ所まで来ているのだ」
「ではお前を殺す。それから師に問う」
「そうか。明日…待っているよ」
「この前と随分様子が違うな?、ロベール」
以前、自分の体を貪り抱いた男だとは思えない、寂しげな声。
「私は血を求めている訳ではない。私を受け入れてくれる存在を求めているのだ。君は私を受け入れた、だから殺すことはできない。本当は私と共に来て欲しい。私の元に居れば、あの男から守る事が出来る…」
「俺にも、守りたいものがある」
「…そうか。それならそのものの為に戦わねばならんな」
アルタイルは合わさっていた手を解いた。そしてロベールの背に両腕を回し、引き寄せて唇を合わせる。嬉しくも驚きながら、口内に侵入してくる舌をロベールは優しく噛む。互いの舌を絡めて貪る。ぴちゃぴちゃと濡れた音が、体を再び熱くさせる。
「これは、これから手にかける者への慈悲か?」
鼻先が触れ合う距離で囁く。
「今だけだ…今だけ………」
最後、微かに聞こえた言葉は、ロベールが望んでいたものだった。
 

 
床に横たわったまま、ロベールが衣服を整える様を見ていた。この男を明日殺すのだと思いながら。
虚脱感の残る体を起こして、座る。立ち上がるには、もう少し時間が必要だった。
ロベールが近づいて跪く。
「神のご加護を」
そう言ってアルタイルの額にキスを一つ落とす。敵に祈るのかと、苦笑する。
ロベールは再び立ち上がると、振り返らずに出て行った。
独りになった部屋。扉に向かい、アルタイルは小さく呟く。
「……と…平和を…」
 
END.
 

 
鬼畜じゃなくなったロベール様ですみません。もうこの時には仲間の大半は暗殺されていて、ロベール様も弱気になっているのです。
明日待っているとアルタイルに嘘をつきましたが、アルタイルが手元に来ないのならせめてアル・ムアリムを倒そう…という彼の精一杯だったら可愛いなと思います。いや本当は秘宝を奪還しに行くんだけどネ。
 
タイトルの「飴と鞭」は、飴=誘惑・鞭=別れ…みたいな感じで付けたと思います。去年末に考えた話なのであんまり覚えてません。内容全然変わっちゃったし…考えた当初は奴隷商人〜と似た類のエロ多めの痛い話でした。アハハー