あれから2週間が経った。 アルタイルが大導師の宣言をし、次いで俺も大導師になった日。泣きながら、アルタイルに告白した日。 今思い出しただけでも恥ずかしさで死にたくなる…。 あの後、俺はエルサレムに戻り、新しい管区長に引き継ぎを済ませてマシャフへ戻ってきた。アルタイルや他の幹部達と話し合い、執務室を整え、アル・ムアリムが遺した書類や本などに目を通し、やっと大導師という仕事に取りかかれる状態になった。 色々な事が滞っていた。 執務室の机の上には、無造作に積み上げられた書状やメモの山。これからは全ての情報を記憶し、整理し、判断を下すという責任がのしかかってくる。 救いは、大導師は1人ではないという事だ。アルタイルと話し合い、幹部達の助言も得て物事を進めていこう。
「そういえば…」 夕食も終わり、静まりかえったマシャフ砦。執務室でメモを片手に書き物をしながら、つい独り言。 あれからアルタイルに触れていない。愛しているという言葉がまさか受け入れられるとは思っていなかったから、抱きしめてキスをするだけで精一杯だった。これからどうすればいいんだ… 女性が相手ならば、物を贈ったり食事をしたり綺麗な景色を見に行ったり…になるんだろうが、俺とアルタイルに限ってそれはありえない。 …いや、ありえないと仮定するのはやめておこう。もし贈り物をするとしてー…何を贈る?、アルタイルの好きなもの? 「意外と甘い菓子が好きだったな…あと白葡萄と杏のジャム、夏場は西瓜…」 食べ物しか浮かばない。メモを投げ出し、机に突っ伏す。 食事をするといっても、アルタイルがマシャフに居る時は大概一緒に食事を摂っているし…綺麗な景色を見に行く?、それは本当に思い浮かばない。綺麗な景色を見て感動するアルタイルの姿が、まず出てこない。想像してはならない領域というべきか。 でも、何かきっかけがないと触れにくい。触れられたとして、それからどうすればいいんだ…キスをして抱きしめて、それから… 「…マリク、寝てるのか?」 突然名を呼ばれ心臓が止まる。 驚いて体を起こすと、ガタンと椅子が大きな音を立てた。 「驚かせたか。すまない」 いつの間にか傍らにアルタイルが立っていた。浮かべる笑みには、すまないという想いは少しも含まれてはいなかった。 「いつからそこに…」 恐る恐る尋ねる。自分の顔から血の気が引いていくのが感じ取れた。 まさか俺の独り言、全部聞かれてはいないだろうな…? 「いや、今来たばかりだ。執務室に灯りが見えたのでな」 言い終えてアルタイルの表情が曇る。 「…マリク、顔色が悪いな。疲れているのか?」 心配そうに見つめる目。それを見て深い溜息が漏れる。 こんなに近いのに、触れられない臆病な自分に嫌気がさす。 ぱたりと再び机に突っ伏した。 「マリク!?」 「心配するな…ちょっと自己嫌悪してるだけだ…放っておけば治る…」 「一体どうしたというんだ…」 アルタイルの手がマリクの肩に置かれた。 アルタイルは何事もなく俺に触れてくる。でも俺は何故触れられない? 俺が考えすぎなのか…。 「今日はもう部屋に戻って休んだらどうだ?」 「そうしよう…」 机の上はそのままに、椅子から立ち上がったマリクはとぼとぼと部屋へ向けて歩き出した。アルタイルはそれに続いた。
自室の扉を開けて中へ入ると、アルタイルも続けて入ってきた。 不思議そうに視線を向けると、アルタイルは無言で立ったままだった。 あぁ、心配なのか。 無言で立ちつくすその姿は、主を気遣う大型犬のよう。 寝床として使っている絨毯の上に散らばった、色とりどりのクッション。それらを集めて整える。 「…ちゃんと寝るからそう心配するな。お前も自分の部屋で休むといい。それとも、ここで寝るか?」 最後、冗談で付け加えた言葉に「良いのか?」とアルタイルが応える。 また、心臓が止まった。 「お互い忙しかったからな、少し話せる時間が欲しいと思っていた」 …話があるのか。 卑猥な予想が外れて安堵したような、残念なような… 「何かあったのか?」 マリクはどかっと絨毯の上に胡座をかいた。クッションを1つ手に取ると、アルタイルへ投げる。 「ひとつ、聞いてみたかった事がある」 アルタイルは受けたクッションをマリクの傍に置き、そこへ腰掛けた。 「何だ?」 「いつから俺の事が好きなんだ?」 「…そ…………それを聞くのか」 マリクが心底嫌そうな顔をする。 「興味がある」 「…いつからかは解らん。気がついたらだ」 肩を落とし、渋々答える。マリクの頬が少し紅くなっていた。 「お前と居ると苛立つ事が多くて…何故かと考えた。最初は、年下の後輩に階位を抜かれた嫉妬かと思ったが、お前が傍に居なければ少し物足りない、姿が見えなければ寂しさを感じる、そう思う自分に気がついた」 「今も苛立っている?」 少しの沈黙の後、マリクが答える。 「あぁ。愛していると言った相手にこんなに近いのに、手を伸ばせない自分に苛立っている」 マリクは深く溜息をついた。 「…自分の心理分析は終わったが、整理はついてない。こうして二人きりになっても、どうしていいのか解らない」 視線を落としたマリクに、アルタイルは顔を近づける。 「少し、距離を縮めよう。マリク」 アルタイルの声色が変わった。囁かれる声は、何処か切ない。 「残念ながら俺は、男の相手は初めてじゃない」 「…知っている」 マリクが瞼を閉じる。 「アル・ムアリムがお前に何をしていたのか、俺は知っているんだ。だから、触れられないのかもしれないな。お前の弱みにつけ込むような気がして…体が目的ではない事を解ってもらいたいから…いや、最終的には…そういう関係になる…なりたい…けど」 「抱きたいなら抱けばいい」 「お前は、何故そういう事をさらりとい…」 言葉の最後はアルタイルの唇に吸い取られた。ついばむようなキスを何度も与えられる。 「考えすぎるな」 微かな声でアルタイルはそう告げると、今度は強く唇を押し当てた。 そのままマリクを、クッションの海へと押し倒す。 舌先で唇を舐め甘く噛むと、唇をマリクの肌に這わせたまま、首筋へ。服が邪魔だと思いながら、首元に何度も吸い付いて印を付ける。 マリクの呼吸が乱れてくる。肌を滑る熱。首元の吐息に体が熱くなる。 アルタイルの手が下に延び、服の上からマリクの中心を刺激した。他人に触れられて、熱を持つそこ。 逆らえず、息を飲む。 不意に、アルタイルが触れていた手を、唇を、離した。 上にのしかかるような格好で、マリクを見つめる。その切なげな視線に、もう駄目だと感じる。 愛していると言ったのは俺の方なのに、今こうしている姿は、予想していたのとはまるで違う。 いくら考えても予想しても思い通りにいかないのなら、そろそろ諦めて本能に従うべきか。 「…アルタイル…お前は俺のものだ」 そう言うと、アルタイルが優しく笑んだ。
その後は、互いの服を剥ぎ取るのに夢中になった。マリクの上着を全て取り除いた時、アルタイルの動きが止まる。 肩の関節部分から全て失われた左腕。初めて見るマリクの傷。今も縫合の跡が生々しく残り、患部には薬品の付いたガーゼが貼り付いていた。その凄惨な姿が、快楽に溺れようとしていた意識を覚めさせる。 アルタイルの表情が強張っていた。 「アルタイル」 名を呼んでも、アルタイルは傷跡を凝視したまま押し黙っていた。 今度はマリクの唇がアルタイルの口を塞ぐ。アルタイルの首の後ろに手を回し、逃げられないように強く引き寄せる。 傷跡から目を、意識を反らせようと、濡れた音を聞かせる。 口内に舌を差し入れると、アルタイルが舌を絡ませてきた。 それでいい、お前も考えるな、とマリクが笑む。 徐々に上がっていく体温。互いの舌の感触を味わう。 そして、口づけはだんだんと激しさを増す。呼吸を奪われ、アルタイルの意識が遠くなる。 息苦しくて顔を上げた。マリクに喉元を晒して、体を離そうともがく。 マリクはアルタイルを強く抱きしめ、それを阻止する。 「…逃げるな!」 布一枚も纏わぬ姿。体を伝わってくるマリクの鼓動。 アルタイルが抵抗を止めた。マリクの肩に腕をかけ、力なく首を垂れる。 「マリク…マリク……」 さっきから何故こんなに苦しいんだ…口づけだけで潰れてしまいそうだ。思っていたよりもずっと熱い肌。激しい口づけと、凄惨な傷跡。 いつもはもっと簡単に、男達と抱き合っていたはずだ。一方的に与えられる愛撫を体は受け入れて、そしてそれに応えていた。今日もそうやって、蓄積した体の熱を吐き出そうと思った。 マリクを誘ったのは計画的。でも途中から、予想外の感情が沸き上がってきた。胸が詰まる想い… 「逃げないから、少し腕の力を緩めてくれ」 顔を上げ、マリクに願う。濡れた瞳と、見た事のない表情。その懇願の眼差しに、マリクは息を飲む。 拘束の力が緩んだ。 マリクの胸に手を当て、背をクッションへ預けるように促し、アルタイルは体を下へとずらしていった。マリクの胸や腹を撫でながら、確かめながら、目的の物へと辿り着く。 これから起きる事への期待からか、マリクはアルタイルから目が離せず、その様子を眺めていた。 茂みに囲まれたそれを、手のひらでそっと掴む。やんわりと揉まれ、だんだんと力強くなっていく根本。 浮き上がった筋を舌先で辿り、愛おしそうに吸うアルタイルの表情に興奮し、吐息が漏れる。うっすらと開いた銀色の瞳。紅い舌が自分の性器にまとわりついて、それを濡らす。 与えられる刺激にたまらず、先端から液が漏れ出た。 アルタイルはその液を舐め取り、それからマリクをちらりと見た。 喉を揺らして嚥下すると、アルタイルはマリクの根本へと視線を戻し、再び舌で濡らし始める。 耐えられず、マリクはアルタイルの肩を押した。 体の位置を入れ替えると、アルタイルは素直に脚を開いた。覆い被さるマリクの背に、両手を回す。マリクはアルタイルの後孔に濡れた先端を当て、力を入れて貫いた。 「ッ…!」 アルタイルは強くマリクを引き寄せた。歯を食いしばり、侵入の痛みに耐える。それはアルタイルの苦痛をよそに、欲望のままに奥へと進み入り、更に痛みをもたらす。喉の奥から聞こえる叫び声。 何度も抽出を繰り返し、奥へと進み入る。叫びは喘ぎに変化し、腰を揺らす度に沸き上がる。 そして、愛しさが募っていく。 アルタイルの内壁はマリクを締め上げ、もっと奥へと誘う。 体の中でどくどくと波打つ熱。限界が来ていた。いつ弾けてもおかしくはない。必死に耐えようとするが、強く腰を打ち付けられ、叫ぶ。 「あああああッ!」 体内へと注がれる液。そしてマリクと自分を汚す液。共に溶けるほど熱い。 マリクはアルタイルを貫いたまま、放出の余韻を味わっていた。 アルタイルはその男の顔を見た。吐き出される荒い息、微かに開いた瞳、上気した頬、顎を伝わり流れ落ちる汗。良い顔をしていると思い、微笑む。 挿入されていたものが、ゆっくりと引き抜かれる。瞼を固く閉じて、アルタイルはその感触に耐えた。 マリクから両腕を放す。柔らかいクッションが体を受け止めた。 まだ欲しがっている体。静めて欲しいと願う。 「疲れたか?」 マリクが労るように問う。 「お前より体力はあるつもりだ」 マリクの配慮を挑発で返す。 その挑発は受け入れられた。横たわるアルタイルに、顔を近づけ唇を合わせる。触れるだけのキスは頬にも与えられ、耳元でくちゅと音をたてた。くすぐったいその音に、肌がざわめいた。 うつぶせにされ、腰を持ち上げられる。さっきまで繋がっていたそこ。まだ濡れているマリクの性器が押し当てられ、ゆっくりと侵入を始める。 体内に残っていた精液が、体の中でぐちゅりと音を立てているのが解った。 ぐいぐいと押し入れられ、息を止めて耐える。視界が潤んで、それを拭うためにクッションへと顔を埋めた。 アルタイルの体の奥に到達すると、マリクは手をアルタイルの前へ回し、勃起したものを掴んで擦った。 繋がっている部分から、擦られた部分から、伝わってくる感覚。顔を上げて叫び声を上げる。 擦られて、先端から蜜があふれ出す。擦られる度に、マリクを受け入れている部分が収縮する。 目の前には無駄のない、鍛えられた背中。汗でびっしょりと濡れていた。 貫かれて、何も抵抗できない体。命を奪うも、快楽を与えるも自分次第。 手は未だアルタイルのものを掴んだまま、マリクは少し腰を揺すった。 「あぁっ…あっ…!」 甘い喘ぎ声に震える。擦っていたものから手を放し、アルタイルの腰に手を添えた。 硬いものが、アルタイルを強く突き上げた。 背中で聞こえる荒い息づかい。体の中に侵入してきているものが、奥の熱い部分を刺激する度に甘い痺れが走る。 「マリク…っ、あっ…ああ…」 もう声を抑えきれなかった。口を半開きにして、突き上げられる度に喘ぐ。 涙を零して泣きたかった。与えられる快楽に全てを委ねて、もっと欲しいと叫んで。 だけれど、それは止められた。 マリクに嫌われてしまうという可能性は捨てきれなかった。ただでさえ、普段の自分からは考えられない声で、啼いているのに。 どくりと中に熱い液が注がれた。アルタイルも絶頂へと達して放つ。 くっ…、と歯を食いしばり放出の快楽に耐えるマリク。背を仰け反らせて、叫ぶアルタイル。 体から力が抜ける。マリクが腰を引き、アルタイルを解放する。そのまま二人は絨毯に崩れ墜ちた。 まだ早い鼓動。密着する熱い肌。心地好い疲労感。それらが落ち着くのを待った。 「アルタイル」 耳元で囁かれる声にゾクリと震える。汗が体温を奪い、冷め始めていた体に、再び熱が戻る。 自分を背から抱くマリク。名を呼ばれたが、言葉が出ない。代わりにその手を取り、何度も口づけた。 するりとマリクの手が離れていった。それを目で追う。 マリクは体を起こして、何かをしているようだった。不思議に思い、ゆっくりと体を向ける。片手に黒い布を持つマリク。アルタイルの視線に気がついて、微笑む。 「起きられるか?」 「…まだ、こうしていたい」 マリクの笑みにつられて、アルタイルも笑む。自分を労るマリク。心の底から安堵感が沸く。 マリクの片手に持たれた布が、ばさっという音を立ててアルタイルにかけられた。マリクがそこへ潜り込む。 「今日はここで眠ればいい」 かけられたのはマリクの上着だった。アルタイルは何も言わずに、瞼を閉じた。
翌日、首元に付けられた赤い印を気にしながら、マリクはデスクワークに励んでいた。いつもより閉じられた襟。だがそれを気にする者はいない。 アルタイルは体調が優れないと言って、午前中は自室で休むと連絡を受けた。すまない…と思いつつも、昨晩の出来事に顔が緩む。 そこへアルタイルが現れる。相変わらず猫のように足音がしない。気配もしない。いつも突然傍に居て、驚く。 「アッカの不審船を調査に行った者からの連絡はあったか?」 いつも通りの業務連絡。不思議な事に、いつも通りの返事がない。 アルタイルの顔を見てマリクは昨晩の事を思い出し、赤面しながら固まっていた。 いつもは凛々しいアルタイルが、アレの時はこう…潤んだ瞳で俺の名を呼んでー…などと想像していると、アルタイルがあからさまに嫌な顔をしていた。 「仕事と私事をきちんと分けろ、マリク」 「…はい」 似合わない返事をする。 アルタイルの言う事は正論だ。けれども、昨晩は特別だった。 「いや、訂正する。今の俺は仕事と私事を分けられん。しばらくは顔がニヤけてると思うが、気にしないでくれ」 「くっ…訓練場に行ってくる!」 アルタイルは強く言うと、早足でその場を去った。 遠ざかる足音。 マリクはニヤニヤと笑いながらそれを見送った。 END.
襲い受けアルタイル。だけれど、最終的な主導権はマリクへ…!? アルタイルのお許しがないと抱かせて貰えないっていう設定も面白そうだと、今思いました。 ※マリクの傷跡を保護しているガーゼは、激しく抱き合っても剥がれません(笑)。なんちて。こういう傷跡って多分、服に擦れて痛かったりするだろうから保護用です。傷は酷くても2週間ぐらいでくっつくはず。
|